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カンボジアこどもの家 - Cambodian Children's Home
日記 - 2010年02月25日 PDF 印刷 Eメール

現地仕事学校世話役 古川 沙紀さんから

嬉しい連絡が入りました。 村人たちの自立支援に向け仕事学校が大きく動き始めました。

「昨日無事にミシンを追加で2台購入しました。」合計6台 先日から、近所の人たちがたくさん来ています。

エイズで夫を亡くした奥さん(彼女もエイズを患っているようです)、その子どもたちも・両親が病気がちなマイの友達…。

やはり自宅でミシンを購入するのは困難ですし、電気代もかかるとなるとCCHOME『カンボジアこどもの家』に来てやってもらうのがいいように思います。

また、リリーさんからツールボンローにも足が不自由で家庭が大変な人いるとの報告を受けました。

彼女にももし良かったらCCHOMEでミシンを習いに来て、と誘っても良いか?

とのことだったので、もちろん声をかけてほしいと伝えました。

彼女以外でも、大変な家があれば声をかけてもし良かったらミシンを習いに来てくださいと声をかけてほしいとリリーさんには伝えました。

みんながミシンもっと上手になればいろんなもの (サロン生地でのカバンなど)も一度挑戦してみたいと思っています。

 
日記 - 2010年02月01日 PDF 印刷 Eメール

2010年 1月カンボジア取材 (地雷原で暮らす人々)

取材期間 2009 年7月~2010年1月

調査内容「カンボジアの地雷原に住む人々への聞き取り調査」

地域 カンボジア王国バンティミエンチャイ州ポイペット地区

オルセイ村・オーニエン村・サンタピァップ村・アンサラー村

ツールプラサート村・プレイコップ村・トムノックダイ村・

インタビュー内容・・・・・

①     村の社会問題

②     村人たちの地雷意識(十五歳以上)

③ こども達の地雷意識(十四歳以下)

④ 現在の仕事

⑤ 将来への希望

 

① 村の問題

仕事が無い・・・・・

農業・・・

1970年~1999年まで30年間続いた内戦が終わった時、 ポイペット地区の住民は平和のありがたさを感じ笑顔で立ち上がりましたが、長く続いた戦後の後遺症で農地の46%には地雷や不発弾が残され農業・牧畜・果樹園・が出来なくなっていました。

林業・・・

内戦中武器や地雷の購入資金として、香木(伽羅)チーク・カリン・紫檀・黒檀・ローズウッド、などの高級木材は海外に売ら、雑木は炭や薪にされ伐採された。内戦前1970年までは国土の80%はジャングルでしたが、内戦終了の2000年調査を行うとジャングルの木が全て切り取られていた。その後の植林はされず放置されたままとなっている。カンボジア政府は直ぐに木の伐採・運搬・加工を禁止した。

漁業・・・

ポイペット地区は標高80m前後のなだらかな盆地になっており山が無く自然の池も川も無い。カンボジア全体を見渡してもメコン川・トレンサップ湖・トレンサップ川の川魚が獲れるのみでカンボジアの人々の食の為にも足りず輸出は出来ない。

基礎産業といわれる農業・林業・漁業も出来なくなっており現金収入は無く仕事も無い、働きに出たくとも会社も工場も無い。少しでも現金が欲しいと願い、隣国タイランドへの出稼ぎ行きく(密入国)が頻繁に行われている。

タイの警察に密入国容疑で捕まるとそれまで働いた労働賃金は支払ってもらえず、手ぶらで返されてしまう。その日の内に国境まで運ばれ国外追放となってしまう。その後、カンボジアの国境警察に連行されてきた人々は、お金(賄賂)を支払えば釈放され、後日再びタイに出稼ぎに行く。カンボジア人が始めてタイで仕事を探しに来た時は国境付近で待っている手配師の餌食となり上前を撥ねられている。

 

2009年、隣の国タイとカンボジアの国に新たな問題が発生した。タイの前首相タクシン氏は、タイの法律で有罪判決(脱税・騒乱罪)の罪となりタイに戻ることが出来なくなっている。タクシン首相は豊富なお金とビジネスの知識を持ってカンボジアに渡り、カンボジアの首相フンセン氏の懇意を取り付け、首相顧問となり2人でタイの批判を始めた。フンセン首相は、元タイ首相タクシン氏の経済活動を高く評価しており、タクシン元首相にカンボジア の経済発展の指導を依頼した。

 

タイにはまた新たな問題が発生していた。タイ王国のプーミンポン王は90歳を超え衰弱し職務が行えず入院している。次期王の継承者として候補に挙がっているタイ王様の長男は若い頃から放埓な生活をしており、美人の映画女優を妾にしたり、アメリカ視察の時、麻薬を運んだりしていたために、多くのタイ人に人気 が無く大きな問題に発展している。この様な現状の中で、タイ政府やタイの人々の間にはカンボジア人を嫌い受け入れない空気が生まれ、カンボジア人排除運動が起こりっている。タイに出稼ぎに行っているカンボジアの人々はタイから追い出され、タイとカンボジアの国境の町ポイペットに強制送還され国境で生活難民と化してい る。

密入国のカンボジアの人々は、タイで低賃金で働かせられ、汚い・危険な仕事をさせられている・・・。

成人男性・・・低賃金・不潔・農地・畜産・建築仕事など、奴隷のような重労働で働かせられているのが普通の現状となっている。

成人女性・・・家政婦・子守・マッサージ・売春・などの表に出ない仕事をさせられている。

14歳~8歳の男の子・・・泥棒・置き引き・花売り・売春・お手伝い・繁華街での夜中の物売り・重労働・1日12時間以上に及ぶ過酷仕事などさせられている。

幼児・・・タイの繁華街バンコクやパタヤビーチなどで(レンタルベビー)として物いなどをしているおばさんたちに貸し出され道端で物乞いをさせられており、注射や薬でグッタリと眠らされている。

 

②     村人たちの地雷意識(十五歳以上)

ポイペット地区では1970年~1999年まで内戦が続き地雷や不発弾が放置されたまま撤去されず残されている。

 

1997年より日本の地雷・不発弾・処理団体JDA「日本地雷処理機構」のお手伝いをしながら村人達と協力して地雷撤去をしていたが、2003年カンボジア政府からの通達で、民間人の地雷撤去は禁止され、特定の(政府公認)地雷撤去団体・CMAC(カンボジア政府の)・MAG(イギリスのNGO)・

ヘイロートラスト(難民を助ける会支援団体)・JMAS(日本退役自衛官)による不発弾処理などの4団体のみとなっている。

 

村人たちは木を切り炭焼きや薪を町に売りに行き生計を得ていたが全ての木を切りつくしてしまい、4年~5年生の細く小さな木まで薪にしているため、木までも切りつくしてしまっている。 今、木が残されている森は地雷や不発弾が残されているが、食べていくことが出来ない村人たちは、

「地雷の恐怖感より食べていけない恐怖」の方がより強く、地雷原に入り込み木を切り出しているときに悪魔の兵器と言われる地雷を踏み、尊い命を奪われている。

 

また、こども達は地雷を拾ってくると、外国人に1個20ドルで売れるため、地雷原に入り込む。目に見えない地雷は村人たちや子供たちの命を奪っている。また、不発弾は重い鉄で出来ているため1個拾って鉄屑屋に持っていくとそのお金で1週間食べていける、と云って地雷原に入り込み命のともし火を消している。

 

2010年の現在、地雷で命を落とす人達よりも、不発弾で命を落とす人達の方が増えている。地雷・40%・不発弾60%。

内戦中は軍隊には軍医が居り止血・消毒が直ぐに行われ障害者となっても命は守られたが、2010年現在では、地雷・不発弾被害地の近くには救急車も病院も無く出血死(四時間以内に止血が出来ない)・キズ口から入り込む感染症などでほとんどの人達が亡くなっている。

 

ポイペットの地雷撤去は、利権化しており特定の地雷処理団体しか地雷や不発弾の撤去できず、村人たちやこどもたちの生活を奪い田畑も出来ず村人たちの生活を苦しめている。地雷が埋まっている危険性は農業・植林・果樹園などの産業を奪い、村人たちの生きる意欲を奪い仕事を奪っている。

③     地雷原に住むこども達の地雷意識(七歳~十五歳)100名聞き取り調査

(ア)  地雷を知っていますか?

解答・知っている100%

(イ)  不発弾を知っていますか?

解答・知っている100%

(ウ)  地雷や不発弾がどこに埋まっているか知っていますか?

解答・知っている80%  (高学年) 知らない20% (低学年)

(エ) 地雷を見たことが有りますか?

解答・20%

(オ)  地雷をどこで見ましたか?

解答・学校の先生が見せてくれました。(高学年)

(カ)  地雷の被害を受けた子供はいますか?

解答・ポイペットにはいません。

(こどもの場合身体が小さいので上半身まで爆破され即死となります。)

 

上記の調査地域では地雷教育をゆっくり確実に行い地雷埋設地域へのマーキング地図を作成し、学校や村長にとどけている・・・。

(フランス植民地当時作成された航空写真を元にGPSを使い特定する。)

を元に地雷原を歩き、先生達に地図の見方を指導し、伝えてきた。

その結果、2004年 ~ 2009年5年間、地雷教育を続けてきた村では地雷や不発弾の事故は無くなり、無事故になっている。

地雷を無くそうと必死になって地雷撤去しているときは毎日の様に地雷被害者がいたが・・・地雷撤去を禁止されてから、地雷教育を地雷原の村で行っていると地雷を踏む人達が居なくなっていた。

 

④    現在の仕事・・・(ポイペットに住む15歳以上の人々100名の聞き取り調査)

ポイペット地区の田舎では15歳以上になると、進学しないで(高校は無い)

全員仕事をしている。

(ア)  荷物運び 40%

(イ)  タイへの出稼ぎ 30%タイでの(養豚・養鶏・キャサバ畑・サトウキビ栽培)

(ウ)  家の仕事 10% (クロモム・結婚適齢期の女性)

(エ) 農業 ①~⑧の兼業

(オ)  縫製仕事 10%①~⑧の兼業

(カ)  家事手伝い 10%①~⑧の兼業

(キ)  小魚・小動物・鳥・虫・森の中に入り捕まえてくる。①~⑧の兼業

(ク)  鶏・豚・山羊・牛・などの家畜飼育 10%(専業・生育の後町に売りに行く)

『今の仕事に満足していますか?』との問いかけに、全員が不満足を訴えた。

(何が不満足か?)

①      今の収入では家族を養えない、との答えはほぼ全員共通していた。

(1日働いて得られるお金は100円~200円前後)

②      仕事に付きたくとも働く場が無く雇ってくれる人は皆無・・・。

③      今の仕事は汚く・低賃金しかもらえない。

④      15歳の女の子にカンボジア人にインタビューすると・・・

(タイ側の国境の町でマッサージ女の仕事をしているが、売春を

強制されている、嫌だと言えない。もう結婚できない・・・と泣き出した。)

 

⑤ 将来への希望・・・

① 早く仕事に就きお父さんやお母さん、家族を助けたい。

② 学校へ行って勉強し、よい仕事に就いて豊かになりたい。

③ 美容院を持ちたい。

④ 町の市場にお店を持ちたい。

⑤ 田んぼや畑を作りたい。

⑥ 学校の先生になりたい。

⑦ お医者さんになりたい

⑧ サッカー選手になりたい。

⑨        歌手になりたい。

⑩        もう戦争はしたくない平和が一番良い。

⑪        理容師の技術が欲しい。

 

何でも良い・・・仕事が欲しい。

今回、1999年7月~2000年1月までの半年を掛けて地雷の埋設されている村人たちの意識調査をしてきたが、地雷や不発弾の事は仕方が無い・地雷被害に会わない様に注意するしかないと諦めている。

 

『カンボジアこどもの家』 代  表

NPO法人モニティ  理 事 長

栗 本 英 世

 

 
日記 - 2009年02月08日 PDF 印刷 Eメール

 

『カンボジアこどもの家』支援の皆様 お知らせです。20080115
添付ファイルを見て下さい

何時も何時も変わらない継続支援・・・心から感謝いたします。

元気 再生業

私の仕事は『元気再生業』戦争・内戦・貧困・飢餓・などで夢をなくし希望も持てなくなっている人達の傍に寄り添い、お手伝いをする事が私に与えられた仕事、世界第二位と云われている経済大国の日本国内でもおきている。元気を無くし・ヤル気も失せた『ニート』が元気を取り戻すお手伝い。

例えれば放置された家屋が傷み、風化して行くのに似ている、疲れ切った生活。
敷居のキシミ音・ドアー開閉時におきる摩擦音・雨漏り・トイレの悪臭・放置されたゴミ整理されない物置や倉庫・剥がれた壁紙・傷ついた畳・汚れたジュータン・壊れた椅子・タイルの剥がれた風呂場やトイレ、手を出そうと思っていても放置されている家の様な人々の傍に寄り添い『元気』に成れる様にお手伝い する事が私の仕事となりました。

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日記 - 2009年12月01日 PDF 印刷 Eメール

 

『カンボジアこどもの家』 支援の皆様

 

カンボジアでの活動14年目を向かえ、新たな取り組みが始まりました。

カンボジアでの『寺子屋』就学支援活動は1999年から始まり10年間を過ぎました。ポイペット地区での『寺子屋』支援活動は村立学校としてカンボジア教育省に委ねる事となりました。

 

①     教育省や村人たちではできない「給食支援・衛生的な飲み水給水機の設置と日々の補給」

②     貧しくて学校に来る事が出来ないこども達の就学支援「里親制度」を進めて行きます。ひとりのこどもが1ヶ月学校に通う費用は 100円です。

③     未だ学校の無い村が多く残されております、学校の無い村での『寺子屋』を新たに開設し、学校に行くことが出来ないこどもたちの就学支援を続けていきます。

④ 『駆け込み寺』ストリートチルドレン・孤児・暴力・などの短期・長期支援活動グループホーム作り

④     自立支援活動 「3年前から進めてきました男・女・仕事学校」の実施

男性仕事・・・井戸工事・建築工事・自動車・バイク・家電品修理工場

女性仕事・・・幸せの腕輪(クサエダイ)・縫いぐるみ・縫製仕事・料理

 

日本国内では『特定非営利活動法人NGOモニティ』と『カンボジアこどもの家』が、

ひとつとなります。今後支援金の送付先は下記の振込口座をご利用ください。

 

郵便振込み

口座番号00940-8-137692 名義 特定非営利活動法人NGOモニティ

 

何かお気づきの点やご意見がございましたらご連絡いただければ幸いです。

2009年12月1日

『カンボジアこどもの家』特定非営利活動法人NGOモニティ

理事長 栗本 英世

〒522-0354 滋賀県 犬上郡 多賀町 土田 593

自宅 電話 0749-20-1160 携帯 080-3110-7745

 

支援について・・・

お金持ちが貧しい人々を支援することは難しいことです。 貧しい人々の中から立ち上がる人々を支援するのがベストのように思います。

お金、知識、能力をたくさん持っている人々はいつのまにか奢り人々を見下しています。

お金のある人々は貧しい人々を汚いものを見るように蔑みます。

知識のある人々は知識の無い人々を見下げ馬鹿にします。能力の低いと思える人々の話に耳を傾けず彼らの活動を認めようとはしません。

私たち支援をする人は心して、驕らないように、威張らないように、人々に仕えていかなければなりません。

今彼らと一緒に座り彼らの荷物をともに持ち彼らの苦しみに心を痛め 一緒に喜べる人が必要です。

教える人でも指導する人でもありません。まして、馬鹿にしたり叱りつけたりする人は来てほしくありません。

へりくだることは難しいことです。まして貧しい人々や知識の無い人々の前で自分より低いと思え る人々の前でへりくだることはもっと難しいことです。

知識や物、お金の豊かな人が貧しい人たちと一緒に居るだけで、貧しい人々の自尊心を傷つけています。威張らないように、高飛車に言わないように一生懸命心がけてはじめて活動の支援を得られます。

貧しい人々の問題を安易にお金で解決してはいけません。お金で解決すれば、お金の無い彼らにとつて、自分たちで解決できない方法だからです。

最高に良いと思えます方法は『友』となることです。相手の人を尊敬してはじめてできる人間関係です。

『カンボジアこどもの家』 栗本 英世

 
日記 - 2009年01月02日 PDF 印刷 Eメール

新年明けましておめでとうございます。20080115

今年も人々のお役に立つ活動を続けていければ嬉しいです。

『カンボジアこどもの家』2009年今年度の願いは『共に生きる活動』です。

1999年から始まりましたカンボジア教育支援活動10年間を振り返って見ます時
大きな変化が二度有りました。2001年「冤罪事件」・2005年「癌の発生」この事件
を通して見えてきました事は・・・

2001年
「相手の立場に立って考える」 
相手の想いや願いに耳を傾ける。

「相手と同じ目線で見る」 
上下関係を作らず『友』として支援する。

2005年
「ボランティア活動」
を『共に生きる活動』に代える事によって支援を受けている人達の姿も見えてきます。

2009年度の新たな活動は、村人達への『自立支援活動』・・・。
村人達への自立に向け「マイクロクレジット」小資本融資制度の設立。

支援者の皆様から広くご意見を戴きたいと願っています。

『カンボジアこどもの家』 栗本 英世

 

 
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