1、孤児の支援
数日前お母さんの病気がひどく生活の困窮が激しい家族から生活支援の申し込みがあった直ぐに家庭状況を見に行きますと母親は衰弱が激しく起き上がることも出来ず横になっていた。この家には4人の子供とおじいちゃん、おばあちゃんが一緒に生活をしている。子供たちの父親は3年前からほとんど近寄らなくなっている。でも・・・生活が苦しいからと言って『カンボジアこどもの家』では経済的な支援を始めることが出来ない、 そんなことをすればポイペットの住民全員の生活支援をしなければならなくなってしまう・・・。
どこの家庭も似たり寄ったりで苦しい生活を送っている。家族の中に病人が出ればタチマチ生活困窮に陥りどうすることも出来ない。この家庭には15才の男の子(体格が小さく10才程度にしか成長していない)13歳の女の子、8歳の男の子、5歳の女の子と続いている。こども達が売られていかなければ良いが・・・と、心配しながらも何も出来ない。
数日後お母さんが亡くなった・・・お葬式を済ませた後孤児となったこども達の生活安定のため 『カンボジアこどもの家』で支援を始める。とうしょは現金支援を続けていきますが1〜2ヶ月後から小さなお店を開店して、その売上金で生活できるように指導していきます。その販売商品は『カンボジアこどもの家』に来られる日本からのスタディーツァーの人たちに持ってきていただいた品物・・・。
2、ただ・・・『死』を待つ14歳の女の子・・・。
6ヵ月前から具合が悪くなり寝込んでしまった。家族の必死の思いでシムリアップの子供病院に入院したが1ヶ月のの入院生活の後病院から追い出されてしまった。病院側の話では「この子はもう助からないので引き取ってください」との事・・・。病気の説明も何も無い。暗いヤルセナイ気持ちで170キロの悪路を帰ってきた子は日に日に痩せ衰え「死」に向かって歩き続けている。
どうしても納得が出来ない!なぜ病院は死を迎える時まで必死で助けようとしないのか?無料診療を続けている子供病院は助からないと分かっている子供に薬を出すのが惜しいのか?施設や職員の手を煩わすのが嫌なのか?
この事を『寺子屋』の校長先生から聞いた私は『カンボジアこどもの家』で何が出来るか?真剣に考え病気の子供の家を訪ねた。見たところ死を迎えるほどひどい病気にも見えない。下半身が浮腫み指で押すと凹んでしまい戻ってこない、食欲が無くほとんど食べていない、このままほって置くと確実に死を迎えてしまう。お母さんとこどもに「もう一度知り合いの病院で検査してみませんか?」と話しかけると「この子を助けて!」と真剣な声が返ってきた。
直ぐその日のうちに170キロの道のりをゆっくりゆっくり疲れないようにシムリアップまで自分で運転して出かけた。途中何度も休憩を繰り返し6時間後に病院へたどり着く。病院の救急治療室に入れられ直ぐに酸素吸入器を当て治療を開始する。脈拍が以上に高く不整脈、聴診器を胸に当てるとザーザーと雑音が聞こえる。点滴をはじめ採血検査、入院となる。一安心。数日間入院をしながら様子を見ることとなった。当座の生活費と連絡場所をお母さんに知らせ帰宅する。
3、『寺子屋』に捨て子・・・。
オーニエン小学校の校門に2ヶ月になる赤ちゃんが捨てられていた。「寺子屋」に捨てれば育ててくれるとの噂が広がっているのか?先日も生後1ヶ月の赤ちゃんが同じ学校の同じところに捨てられていた。捨てていった親は分からない。朝方の4時頃捨てて行ったようだ。
『カンボジアこどもの家』では孤児のお世話をさせていただいている。でも・・・生後2ヶ月の乳飲み子を預かるのは難しい。乳の出るお母さんにお世話をしてもらいたいと思い乳母を捜すが直ぐには見つからない。
先日捨てられていた生後1ヶ月の赤ちゃんのお世話をしてくださる人に困り、村人の乳飲み子を抱えるお母さんにお世話をお願いした人が・・・大失敗をしてしまった。赤ちゃんを預けた後数日後赤ちゃんの様子を見るため預かっていただいている家に尋ねていったが・・・「町の人でこどもを欲しがっている人がいたので渡しました。」との事。
私の身体から血の気が失せ冷たくなっていくのが分かる。ボーゼンとしてしまい何も考えられない。町の人身売買業者に赤ちゃんを引き渡してしまったようだ・・・。今度は同じ失敗をしたくない。でも直ぐにはどうすることも出来ず困っていた。そんな時「家でしばらく預かります」と、オーニエン小学校の先生が声をかけていただいた。藁にもすがる気持ちで先生宅に預かっていただくことにする。この先生の家庭にも4人の子供がおり小さな赤ちゃんもいる。
『カンボジアこどもの家』栗本 英世

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