私自身とても必要な活動であると感じています。
ただ・・・その活動が現地の人々に受け入れられているのか ? 疑問が残ります。
一部の有力者に届くだけで、本当に支援を必要としている人達に届いているのか ? 疑問です。
1995年〜1996年まで一年半に渡ってカンボジアで行われた識字教育
『寺子屋プロジェクト』水上生活者や僻地での識字教育を中心に行っていましたが1997年、活動地を調査して廻りましたが ? 教室の跡はありましたが、今では識字教育が行われていませんでした。
国連ボランティアの人が引き上げた後・・・
引き続いての識字教育は根を張るまでには至りませんでした。
これは世界中いたるところで同じことが繰り返されています。
支援者の都合で活動が始まり・・・支援団体の都合で活動を止めています。
支援を受けている人達の想いや願いは、無視されているようにさえ見えます。
お金で始めた援助活動は・・・お金が途絶えた時点で消えて行きます・・・
混乱だけを残して・・・。でも、支援しなければ良い、とも言い切れません。
私は村人達の願いを聞きながら村人達が立ち上がり自分達ではじめた活動を脇から支えるように、目立たないように心掛けています。
支援活動は、あたかも『歌舞伎の黒子』のような存在です。観客は黒子を見ていません。演技をしている演技者に注意が集中しています。黒子が居ることは分かっていても・・・黒子が賞賛されたり拍手を受けたりする事はありません。
多くのNGOは、ドナー(公的資金や団体支援金)を受けています・・・。
継続して活動を続けていくには・・・
「支援を必要としている人達」 より 「支援金を出すドナーに向いています」
日本のNGOが行なっている海外の援助活動は1年〜3年間で終わりとなります。新しい活動をしなければドナーからの支援金を受け取ることが出来ません。
その為 3年間を期限とする援助活動が広く行われています。
名古屋で行われた万博・・・多くのNGOが活動発表していました。
その中の幾つかをお知らせいたします。
カンボジアで行われた?『医療支援』?『貧困からの脱却援助』?『教育支援』
?医者や病院の無い、首都プノンペン周辺の村・・・
代表のお医者さんはプロジェクターを映写しながら詳しく説明していました。
今年も医師と看護婦合計5人の日本人が5日間に渡って多くの村を廻り治療活動をして歩きました。ある村では300人の人々を診察し治療をしました。
この村では200人、あの村では100人、幾つかの村を廻りながらの活動報告、笑顔で話を進めておられる姿に観客は笑顔で答え、講演が終わると大きな拍手をしています。
一見素晴らしい援助活動のように見えますが・・・
問題点・・・
日本の治療薬を持って治療しています、熱のある人には『熱冷シート』
傷のある人には『消毒液と抗生物質の軟膏』腹痛の人には『痛み止め』
の対症療法だけで病気を治す薬は提供していません。
短い時間で、多くの人たちの治療に当たるためなぜ熱が出ているのか ?
なぜ腹痛が起こっているのか、病気の原因を調べる時間はありません。
西洋薬は現地で手に入りません。医療支援隊の都合で行動しております。
村人達が病気になって治療をしていただきたくとも、その時には医療支援
はありません・・・。
村の人たちが、海外支援に頼らなくとも、村で解決の出来る治療が必要です。村人達と一緒に生活し、村に有る薬草などを調べ、村人達で出来る支援が求められています。
※ 貧困からの脱却援助・・・
首都プノンペンから一時間半ほど離れた貧しい人々が住んでいる村・・・
日本のNGO代表が活動報告をしていました。
パワーポイントを使いながらの援助活動には、日本の青年達20人
村人達20人達と共に村はずれの池に入り池を掃除している姿が映し出されています。笑顔と歓声が響き渡り、双方とも喜んでいる姿が、観客の笑顔となっています。・・・。一見大成功の様に見えますが・・・。
問題点・・・
日本のNGOと現地の村長、村役などが話し合い養殖池の支援が決まり村の池を綺麗にし、養殖援助が決められました。
私は話を聴きながら何とも云えない虚しさと悲しみを味わっていました。
この村には自然池があることで、貧しい村人のタンパク源・・・
(田螺・エビ・小魚・虫・カエル・蛇)などが大量に居ます。これらが村人達の健康を守っていました。
でも・・・養殖事業が始まりますと・・・村人達は池に近寄ることも、池の魚を取る事も出来ません。養殖池に近寄れば泥棒として扱われます。貧しい人たちの蛋白源がなくなりました・・・。
池からの収穫は、村長や有力者達の利権となり、貧しい村人達にまで廻りません。
日本のNGOの人たちは・・・貧しい村人たちの蛋白源を取り上げてしまった事に気が付いているのだろうか ? ? ?
※「教育支援活動」・・・
東京のある女子大の生徒がカンボジアのプノンペンに観光旅行目的で旅をしました。その時耳にした言葉に衝撃を受けました・・・。
まだまだ幼い女の子が娼婦として売春を強要させられている。事実か ?どうか ? 調べている内に8歳〜12歳の女の子が売春をさせられている現実に驚き ! 日本に帰ると、友人達を誘いどうしたら良いか話し合い、貧しさの中で、人身売買が行われていることに気が付き、貧しさからの脱却が絶対必要だとの結論に達しました。
そこで長期に渡って活動を続けて行ける様NPO法人を設立しカンボジアの支援活動を始めました。
首都プノンペンに塾を開き「日本語・英語・コンピューター」の技術を教えている活動が紹介されました。日本の若い女性達が活動している姿に万博に来た人達は拍手を送り・・・講演者も観客も笑顔です。
※ 問題点・・・
今、カンボジアの首都プノンペンでは世界中から多くの援助活動団体が入り『ボランティア銀座』と、呼ばれています。世界中から支援の人々が集まり、援助活動が行われています。日本から派遣されているNGOは比較的安全と思われている6都市しか活動地として認めていません。
現地での悪口は『ドライブイン・ボランティア』とまで言われています。車で行ける所や人々の目に留まる地域で活動しています。
援助が偏り・・・田舎と都会の格差が益々広がっています。カンボジア全土の70%は未だに初等教育の場である小学校すらありません。
『都会・田舎』の格差が広がり一部の裕福な人たちが生まれ始めています。
カンボジアのこれからを考える上に・・・本当に必要な支援活動は何か ? 真剣に考える必要があります。
『カンボジアこどもの家』
代 表 栗本 英世

Delicious Turkish Recipes