でも、全ての活動を直ぐに止めるのではなく、教師の生活を守るため、教師ひとりひとりに合った支援を継続し給料の不足分や授業継続のための教材・文具・教科書などの支援は続けて行きたいと願っております。また、学校の無い村でのお寺の敷地内での『寺子屋』活動は継続して行きます。
ポイペット地区では次の活動として一昨年の10月より続けてきた「仕事学校」の充実を図ります。『カンボジアこどもの家』の常勤スタッフの人達に仕事を指導する先生となっていただき、村人達の現金収入に繋がる仕事を、一緒に考え共に、行動に移していきます。
具体案として・・・
現地カンボジアで行われる国際援助活動NGO・NPO団体の学校校舎建設や図書館建築・井戸工事などを請負い、村人達に手伝っていただき、ゆっくりと村人達の歩調に合わせた支援がなされれば「技術と現金」が村人達に渡ります。村人達の仕事として定着すれば幸いです。
海外からカンボジアを訪れる人たちへのお土産商品として、手作り製品の開発と制作が仕事として成立すれば、自立支援に繋がっていける。カンボジアで生産される品物がおみやげ物としてだけではなく、フェアートレード商品として取引されれば仕事として現金収入が生まれる。
2011年日本はアナログテレビからデジタルテレビに移行して行き不要となり大量に廃棄されようとしている。カンボジア人の研修生を日本で訓練し、廃棄される家電品を集め調整・修理技術を伝えながらカンボジアでの販売・修理・調整技術者として訓練できれば自立支援に繋がると思えます。カンボジアでは未だに電気 の無い地域が60~70パーセント有りますが、数年の内にはどこの村にも電気が家庭にも入るようになってきます。
ボランティアと云う言葉について・・・
ボランティア活動を続けてくる中で『ボランティア』と、言われる言葉に違和感を覚え・風の吹き抜けるような虚しさと・寂しさを覚えていました。もっと適切な言葉は無いのか?「ボランティア」と云われている言葉の意味を辞書で探せば『自ら志願する・・・志願兵』と出ています。
他の人達から「何をされているのですか?」と聞かれると「ボランティア活動をしています」とは答えられない、あたかも「私は偽善者です」と、自分で告白しているような気持ちになる。ボランティア、と云う言葉が持つ意味は、冷静になって考えてみるとボランティア活動をしている人達が喜び、自己満足に陥り 、その成果だと思っている活動を自画自賛している自慢話のように聞こえてくる。
『ボランティア』と、云うイメージが出来上がり、何かをして上げる、助けてあげる、良い人達の活動のように思われている。ボランティア活動をしている人達は喜んでいるが問題解決には至らない、援助を受けているひと達の心が無視されている。
なぜ「違和感」を感じていたのか? 現実の支援現場では海外の人たちによって行われている援助活動が、援助を受けている人達の心を傷つけ・自尊心を失わせ、援助者の都合で「始めたり、終ったり」している現実に、一方的にして上げる・助けてあげる・導いてあげる活動が、村人達の反感を買っている事に気付 いていました。
ボランティアに替わる言葉として「無料奉仕」「奉仕」「援助」「支援」「介護」「善意」と、色々な言葉を並べても正しく表しているとは思えない。全ては援助者側の言葉で、援助を受けている人たちとの間が上下関係になっており、援助している人たちの都合で行なわれている活動は、援助を受けている人達の心をキズつけ気持ちを無視されている様にさえ思える。支援者と支援を受けている人達の関係 で、上下関係を作らず、共に生きる活動になれば・・・・・・良いな~と、漠然と思っていました。
『共生』『共生活動』『共に生きる活動』
アレ、そうか! この言葉をそのまま使えばいつも思っている疑問が解決するのではないだろうか! ボランティア活動の実態として『共生』と云う言葉を使って行こうと想う時、私の心の中に固まっていた「ワダカマリガ」が無くなっている事に笑顔になれました。
カンボジアこどもの家 & C.C.HOME
1996年から始まったカンボジア支援活動・・1999年まで全国を廻りながら3年間に渡ってカンボジアの人々と交流持ち「何が?本当に必要な支援か?」手探りの中で識字率向上活動を続けて来ました。目の前で、借金のかたとして売られていくこども達を助けたいと願い1997年~1999年まで識字教育 を続けながら両親を亡くした孤児の支援活動を、カンボジア東北部の町クラッチェで『カンボジアこどもの家』開設しました。
また、継続した教育支援活動をカンボジアで一番人身売買が多く行なわれている西北部の町ポイペットで1999年からは初等教育&識字教育『寺子屋』活動を続けてきました。今では、ポイペット地区の全村18村に『寺子屋』が完成し毎日授業が行なわれています。孤児の支援30名、エイズ孤児5人、幼稚園6 校、小学校18校、中学校1校、生徒7000名、教師105名、スタッフ10名と広がってきています。
2008年度10月以降の支援について・・・・
村人、教育委員会、こどもの家、CCHOME、で協議を続けてきました・・・村人達の願いは・・・『仕事学校』・・・支援を受けなくとも自分達で自立に繋がる『現金収入になる仕事が欲しい・・・』と、強い要望受けています。
『仕事学校』
男生徒・・・ 建築、農業、畜産、養鶏、養殖、バイク、車、家電品の修理調整技術その他直ぐ現金収入に繋がる仕事。
女生徒・・・ 洋裁「日本でも販売できる布製品」小物、縫いぐるみ、料理店、美容室などを教えながら自立支援を求め現地にお店を開店して行く。
カンボジア人技術者養成のため日本での技術支援を継続して行く「衣・食・住・」を中心に、その他考えられる仕事支援をして行きたいと願っています。教師は日本人の技術者が最適と思われますが、現地カンボジアでの長期滞在が難しいなかで、隣国タイ、ベトナム、マレーシア、シンガポール、フィリピンからの 仕事指導者も視野に入れながら活動して行きたいと願っています。
日本人の方で・・・現地カンボジアに来て仕事支援活動していただける人達が居れば嬉しいです。今は日本人や海外からの技術者を迎えるための清潔な食事、宿舎、トイレ、シャワー、衛生的な生活環境。病気の予防・・・考えれば考えるほど難しく見えてきます。でもくじけず出来る事から少しずつ活動を続けていきます。
2008年8月20日 『カンボジアこどもの家』栗本 英世

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